乱読サラリーマンのオリジナル書評

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【書評:スポーツ国家アメリカ(鈴木透著)】 スポーツから垣間見る現実世界とは

スポーツ国家アメリカ - 民主主義と巨大ビジネスのはざまで (中公新書)

 

ジャーナリストが書いたスポーツノンフィクションも良いですが、アカデミックの学者が書いたスポーツ書も読み応えがあります。文化・社会学の視点からアメリカ社会とスポーツの独自性を説いたなかなかの良書です。

 

アメリカ史では南北戦争後から数十年間を俗に『金ぴか時代』と揶揄されてます。イギリスから遅れてきた産業革命を契機に著しい経済成長を遂げました。しかしながら、ロックフェラーなどの著名な資産家が出現したかわりに、ほんの一部に偏った富、そして拝金主義、成金主義が蔓延りました。

この誤った過去を踏まえてアメリカでは、

  1. 公正な競争を保証するルールの必要性
  2. 一部の人間に利益を独占させない必要性
  3. 富の公正な配分の必要性

の教訓が生まれました。

実はアメリカのスポーツにはこの教訓から育まれた精神が埋め込まれています。例えば主審一人でグランドを縦横無尽にかけまわるサッカーと比較すると、ベースボールやアメリカンフットボールには何人もの審判で全体を監視しています。アメリカンフットボールでは他のスポーツに先駆けビデオ判定をも導入しました。そのような事実を踏まえると、昨今の社外取締役などを推奨するコーポレートガバナンス強化などの考えのベースとなることは同様な起因なのでしょう。

 

ベースボール、アメリカンフットボール、バスケットボールなどは、選手交代のルールでも寛容であり、且つ柔軟性もあります。また、アメリカンフットボールを筆頭にポジションによる役割が明確化され、プレーに必要なスキルも個々に独自化が進んでいます。この部分最適化と全員を直接戦力として試合に臨む姿勢を、著者は独占禁止法やフォードのテーラーシステムとの関連させるなどは、興味深い考察です。

 

スポーツと親和性の高い能力主義を徹底することにより、アメリカンスポーツが良い影響を与えたのは人種差別に風穴を開け、差別撤廃に向け前進したことだと思えます。裁判所が公立高校での人種隔離を違憲とした判決よりも前に黒人選手のジャッキー・ロビンソンメジャーリーグデビューを果たしました。このことは、スポーツの持つ人類平和への磁力を感じざるを得ません。

 

しかしながら、これからのアメリカスポーツの遠い未来にはどのような情景があるのでしょうか?
アメリカではかつてモンロー主義を提唱しヨーロッパなど他国の紛争には不干渉の態度をとっていました。WBCワールドベースボールクラシック)のいびつな運営状況などを鑑みても孤立主義排他主義を突き進んでいるようにみえます。資本主義を邁進するアメリカでは、スポーツのガラパゴス化が進化しているにも関わらず、世界最大級のアスリートが揃っています。世界最高峰のサラリーを供出しているにも関わらず、ベースボールやアメリカンフットボールは世界的にはマイナー競技のままです。

これはひとえに、アメリカが経済的にも政治的にも世界のトップランナーだからこそ可能な状況であり、数ある先進国の一つに陥った時、このガラパゴススポーツの未来は大変厳しくなるリスクを孕んでいるとも思えますが、皆さん如何でしょうか。