【書評:維新の肖像(安部龍太郎著)】 失政はどこから生まれるのか
平和の提唱者として、日露戦争を正義のための衝突と肯定し、戦後交渉でも力を発揮した朝河貫一。しかしながら、朝河の思いとは別に日露戦争後、日本は帝国化へと突き進むことになります。母国の変節ぶりを考慮した朝河は1909年に今なお読み続けられている【日本の禍機】を発表しました。
近い将来の災いへの警報を鳴らした朝河の予測通り誤った道を進み続けた日本は満州事変や上海事変を起こし、世界の列国から孤立への道を歩むことになります。
物語は反日感が強くなる1932年当時イェール大学で教鞭をとる朝河貫一と二本松藩士として戊辰戦争を戦った貫一の父朝河正澄の1968年当時と異なる時代の二重構造で進んでいきます。
続きを読む
【書評:野望の憑依者(伊東潤著)】 悪党が滅びるとき・・・
歴史小説といえば、戦国と幕末明治維新が、質量ともに抜きんでていますが、私は南北朝時代も好きです。しかしながら、この時代の歴史小説は僅かです。
鎌倉幕府を終焉させ、朝廷と武士が入り混じりながら、建武の新政を経て室町幕府を築く激動の時代を、歴史小説家の先生方には、もっとテーマとして取り上げてほしいと切に願っております。
南北朝時代の悪党といえば誰を思い浮かべるでしょうか、歴史観によって変わるでしょうが、朝廷に楯突いた足利尊氏、鎌倉幕府政権に批判的な動きの楠木正成、はたまた後醍醐天皇を悪党と考える方もいるはずです。
本書は足利尊氏・直義兄弟とトロイカ体制を築き、足利政権樹立に導いた高師直を主人公に歴史ピカレスクロマンを鮮やかに描いてます。
悪党師直に、武力は劣るが政治の保守本流の直義、リーダーシップがあるのかないのかわからない(笑)尊氏。この3人を中心に物語は進んでいきます。
故郷日本に帰れなかった国際人 音吉(ジョン・マシュー・オトソン)
ペリー来航から遡ること16年前の1837年1台のアメリカ商船が浦賀沖に現れる。当時の江戸幕府は日本沿岸に接近する外国船は砲撃するいわゆる異国船打払令を発しており、浦賀奉行はそのとおり砲撃する。
実は浦賀沖に現れたアメリカ商船モリソン号には7名もの日本人漂流民が乗船しており、漂流民を送還するために遥々日本までやってきたのであった。7名の漂流民のうちの一人がこのブログの表題になっている”音吉”である。
音吉含めた14名はモリソン号事件の5年前に現在の愛知県美浜町から江戸に向けて出航した。しかし船は漂流し1年2か月後に現在のアメリカ西海岸にたどり着く。長い漂流生活で生き残ったのは音吉・岩吉・久吉のみとなり、3名はインディアンに救助される。インディアンは彼らを奴隷のように扱った後にイギリス船に売り払う。その後イギリスは善意なのか、はたまた漂流民を鎖国状態との日本との交渉手段として考えたのかはわからぬが、音吉含めた3名はイギリスに上陸する。
なんと彼ら3人はイギリスに上陸した初の日本人となった。さらには、まだそこから200年も経っていないというのも驚きである。
その後マカオ経由で日本に送還することとなり冒頭の浦賀沖まで船は向かう。砲撃されたモリソン号は薩摩に向かうが、ここでも砲撃され日本人は結果的に祖国から見放されてしまう。
続きを読む
書評:奸婦にあらず
井伊直弼は、徳川四天王の井伊直政を始祖とする彦根藩主の十四男として1815年に生まれました。聡明ではありながらも、庶子であり、十四男という境遇からは自他共に藩主への登用は限りなく薄いと思われていました。部屋住みとして静かに暮らしつつも成すべきことに精進し武道に茶道も極め和歌もたしなみ高い人格を備えるようになりました。直弼の部屋の名は、自らを花の咲くことのない埋もれ木に例え”埋木舎”。なんとも優美で品位のあるネーミングでしょうか。
そんな若君を愛しく想い相思相愛であったのが本書の主人公である『村山たか』です。村山たかは、はじめ多賀大社の諜報部隊として井伊家に送り込ます。神社も生き残るためには忍びをも利用する。大社は井伊家だけではなく朝廷などの機密情報を仕入れ、人脈を利用しながら、社格を守り続けます。キリスト教の歴史を考えても宗教が後世に影響力を残すためには政治的センスも必要条件なのでしょう。しかしながら、たかは、そんな忍びの掟を忘れさせるほど次第に直弼に情愛を傾けます。
そんな二人の前に鬼才の国学者『長野主膳』が現れます。3人は同志として日本の行末を案じしっかりとスクラムを組んで未来の舵取りしていきます。開国しかり、安政の大獄しかり直弼の政策の断行には常に二人のパートナーがいました。しかしながら直弼は桜田門外の変により水戸浪士に暗殺されてしまいます。
続きを読む